皆さんは、鉢鮪というとどんな鮪を思い浮かべますか?近所のスーパーなどでよく売っていて、目にする機会が非常に多い鮪ではないでしょうか。鉢鮪は、世界中の海を回遊しているので、世界の様々な漁場で漁獲することができます。そんな鉢鮪にも旬の時期と好漁場があり、そこで獲る鉢鮪は、身の色や脂乗りが非常に良いのですが、流通は少なく、非常に貴重です。そんな貴重な鉢鮪を獲りに行っているのが、第八太和丸(たいわまる)です。
第八太和丸を保有する株式会社太和は昭和62年に設立され、現在の船主は三代目の籠尾(かごお)啓太さんです。高知県土佐市に本拠地を構え、3隻の漁船を保有しています。
今回は、第八太和丸の船頭である山下浩明さんにスポットを当てて、苦労話や今後の展望についてお話を伺いました。
航海中の毎日のルーティーンは、ご家族とのLINEです。この業界を続ける原動力もそこだと話す山下船頭。昔と比べると通信環境も整い、気兼ねなく連絡できるようになったのですが、昔は1年の携帯代が130万円にもなってしまった年があると話してくれました。
船での食事について尋ねると、料理長はインドネシア人なのですが、味付けはしっかりと日本のテイストなので美味しく食べられるのだそうです。「朝か昼、どちらかしか食べない。だからコック長の腕が悪くても平気(笑)。因みに年配の方から教えてもらうから少し薄味やねん!」と、笑いながら話してくれる場面も。
漁を終え、暫しの陸上生活についても尋ねると、「夫婦そろって動物好きなのでいつもなら動物園とか水族館に行くんだけど、最近はコロナで出かけられないから、趣味で野菜を作っている。トマト、きゅうり、ピーマン、玉ネギ、いろいろ育ててる」と、船上での山下船頭とは違う一面も知ることができました。
第八太和丸は、南太平洋のマーシャル諸島沖、シドニー沖、ノーフォーク島沖の3つの漁場で漁をし、帰港しました。山下船頭は、「陸と海での大きな生活の違いは緊張感。ドックに入れるまで気は抜けない」と、話してくれました。航海中、時化で動けなくなることもしばしば。しかし、船のエンジンは絶対に止めず、すぐに動ける状態を常に作っています。第八太和丸の船頭としての役割を全うし、最前線で船員たちを引っ張っています。
山下船頭に、昨年と比べ鮪の変化や海の変化はありましたか?と質問すると、「南鮪は昨年と比較するとよくないかな。特に見た目」と、返ってきました。実際、水温は昨年に比べ2℃ほど高かったそうです。こういった環境が鮪にも大きな影響を与えています。さらに、「これからの業界は人材不足が心配。南鮪は漁獲枠の規制があるから鮪は増えてきたけど、乗組員がね」とも、話してくれました。それに加え、エサ代、燃料費などの高騰もあります。高緯度かつ、荒波の中を泳ぐ鮪は良いとされていますが、日本から距離もあり、容易に漁に行けない状況です。これらの問題が、これからより良い方向へ向かって行ってほしいと思うばかりです。
第八太和丸が漁獲した鉢鮪を取り扱う「寿し安」に、籠尾船主、山下船頭と伺いました。寿し安は、創業50年を迎える老舗寿司屋です。大将の藤井さんは、「鉢鮪が好き。甘みもあるし、鮮度の良い鉢鮪はクセが無く、スッキリと食べられる」と、長年使用し続けている鉢鮪の魅力について話してくれました。女将さんは、「良いと思ってずっと使ってきたからね。良いと分かって褒めてくれる人がいると本当に嬉しい」と、話してくれました。籠尾船主、山下船頭は、実際に第八太和丸が獲ってきた鉢鮪を食べ、「久しぶりにこんな美味しい鉢鮪を食べた」と絶賛。私たちの住む静岡市は、南鮪を取り扱う寿司屋が多いのです。そんな中、旬の時期に獲れた鉢鮪を求め、寿し安へ来店する方が非常に多く、県外からも来店されるとのことです。
スーパーなどで目にすることの多い鉢鮪ですが、本鮪や南鮪にも劣らない素敵な魅力があるのではないでしょうか。
漁場に出向き鮪を獲る船主と船頭、そして、お客様に鮨を握って提供する寿し安。なかなか一堂に会することないメンバーが集まり、「鉢鮪」という、キーワードを介しての意見交換で話しも盛り上がり、お酒も進みました。次の出航は約1ヶ月半後。半年後、また皆で鉢鮪の鮨を食べながら、漁の苦労話を聞きたいものです。
2023年8月 取材