日本から遥か南、オーストラリア西沖の漁場で極上の天然南鮪を漁獲した第三明神丸(みょうじんまる)。約10カ月ぶりに日本へ帰航し、まだ肌寒い2月20日清水港にて水揚げを終えました。今回は船頭を務める伊藤栄喜(えいき)さんにお話しを伺いました。
「小学生の頃の夢は船乗りになることだった」という第三明神丸船頭の伊藤栄喜さんはその夢を15歳の時に叶えました。優しい笑顔で「もう71歳になる。」と笑う伊藤さんは漁師歴56年目の大ベテランです。船頭になる前は船のメンテナンスを行う“機関長”という役職で船を支えてきましたが、5年ほど前に船頭に任命されたそうです。「中身の内容が良い鮪をたくさん釣りたい。その気持ちだけは他の船には負けないかな。」と伊藤さんは照れくさそうに笑います。
久しぶりの陸上生活は40日~50日間の予定らしく、楽しみなことを伺うと「やっぱり久しぶりに会う家族だね。」とほっこりする一言が返ってきました。
「やっぱり震災は忘れられないよ。」と伊藤さん。地震発生時は港に停泊していた第三明神丸ですが、津波により岸壁を乗り越え、海からなんと40メートルほど離れた陸地まで押し流されてしまいました。船体のダメージは大きく、何かを察した多くの人の中には、寂しげに写真を撮る人も…。そんな状況下で先代の鈴木敬幸(のりゆき)船主(現船主の父)が掛けてくれた言葉を、伊藤さんは忘れられないと回顧します。
それは震災後のある日、座礁した第三明神丸を見ていた伊藤さんに「どうした?心配するなよ。必ず海に船を戻して、漁に出られるようにしてやるから。」と鈴木船主は声をかけます。そうです!鈴木船主は第三明神丸を海に戻そうと既に着手していたのです!陸から海までは特別な巨大クレーンを使用。鈴木船主は付きっきりで修理を見守りました。
そして震災から約半年後の9月、再び漁へ出られるようになりました。「またこの船に乗せてもらえて感謝しかない。本当に有難い。」込み上げてくる感情と目頭を抑えながら伊藤さんは「本当に奇跡の船だよ。」と、ご自身の原動力を教えてくれました。
先代の鈴木船主の熱い想いを引き継いでいるのは、伊藤さんだけではありません。現在は先代のご子息、鈴木悠太(ゆうた)さんが船主として会社と想いを引き継がれています。
震災当時、悠太さんも第三明神丸の復活に携わりました。「船は直せる!また海に戻せる!」座礁した船を一目見て、悠太さんも先代と全く同じ考えを持っていたそうです。「400t級の船体を持ち上げる為の特別なクレーンを手配するなど大変でした。ですからこの船には特別な思い出がありますね。」とのこと。
悠太さんに今後の目標をお伺いすると「まだ私の中で震災の復興は終わっていません。船も古くなりつつある中でリニューアルをし、万全の状態で漁に出られる環境を作ることが先代の想いでもあり、私の今の目標ですね!」とのこと。
今回は第三明神丸が「奇跡の船」と呼ばれる所以を教えて頂きました。
日常生活に欠かせない鮪ですが、海を泳いでいるところから食卓に並ぶまでのストーリーを私たちが皆様にもっと伝えていかなければと思いました。2023年2月 取材